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2007年10月31日

モアイの謎

謎ですねぇ。
なぜモアイが出来たのでしょうか。語源なども含め調べてみました。

モアイという言葉は、その語源ならびに意味は諸説があって特定に至っていないため、現在も不明である。だが、最大の謎は建造目的であろう。この建造目的に対して、ようやく答が見つかりつつある。近年の調査で、モアイの台座から人骨が多数発見されたのである。このため、「モアイは墓碑であった」という説が有力になりつつある。

モアイのその独特の形状についても、起源が未解明である。他の地域の似たような形状の石像から起源が求められているが、いずれの説も特定には至っていない。中には、日本の猿石に起源を求める説もある。また、南米のティワナク遺跡の石像群との関連も指摘されているが、未だにどちらが先でどちらが後になるかの議論には結論を見出せずにいる。モアイの起源が完全に定説になる段階までに仮説を絞れずにいるその最大の理由は、モアイの形状があまりにも独特なために、イースター島以外では似たような形状の石像がほとんど存在せず、関連性を突き止められないためである。

モアイには目がはめ込まれていた事がわかっており、復元されたモアイには目がはめ込まれた物も多数存在する。目の材質はサンゴ質の石灰岩であることが判明している。しかし、イースター島近海にサンゴ礁が無いことから、イースター島原住民の交易ルートがいかなる物であったか、という新たな謎が生み出された。他の海域との交易が無ければ、サンゴ質の石灰岩をイースター島にて入手する事ができないからである。

モアイには帽子をかぶったような形の物も発見されている。これは当初地位をあらわす帽子か、女性の髪形を復元した物とされていたが、その後は男性の結髪を再現した物である事が明らかにされた。これにより、「モアイは男性像である」という説が確立された。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年10月11日

郡山市についての知識を深めましょう

郡山市(こおりやまし)は、東北地方の南部、福島県中通りのほぼ中央に位置する都市である。旧安積郡。中核市に指定されている。

郡山市は、中通り中部に位置する都市。南北方向では、宇都宮市と仙台市の中間に位置しており、東北新幹線・東北本線・東北自動車道・国道4号で繋がれている。また、西(日本海側)の会津若松市や新潟市と、東(太平洋側)のいわき市へは、磐越自動車道や磐越西線・磐越東線および国道49号で移動する事が可能である。そのため、東日本の交通の十字路として拠点化が進み、福島県内の経済・内陸工業・流通・交通の要所となっている。また、中通り南部や会津地方との関係も深く、県内最大の経済圏を形成していると見なされている。このような本市の拠点性により県域放送をしているテレビ局2局とFM局1局が立地し、県庁所在地ではないにも関わらず、本県の情報集散地としても機能している。

明治時代に開削された安積疏水により、北海道と似た開拓史を歩む郡山の歴史は始まった。安積疏水は農業用水のみならず、工業用水・水力発電・飲用水に用いられ、大正時代には市制を敷けるほど発展し、本市を福島県第一の都市にする源泉となった。戦後、東北新幹線が開通(1982年)する前の高度経済成長期には、京浜工業地帯の企業が、関東地方に比較的近い郡山に多く進出し、関東地方との繋がりが強まった。現在、郡山駅は東北新幹線なすのの北限駅となっている。

県の中央に位置している点から、県庁を郡山に移転しようという動きがある。これは福島県成立当初から県庁舎の建替え問題の度に運動が行われて来た事であるが、県庁所在地である福島や、郡山との交通が比較的不便である浜通り北部の反対が強く、実現には至っていない。歴史的には、明治時代の移転運動の結果、県庁と引き換えに、当時県に一校だけであった旧制中学校を福島から郡山に移転することで和解した経緯もある。

なお、郡山市には気象台の測候所がない。福島県内には福島、会津若松、いわき市小名浜、白河(現在は無人)の4箇所だけであり、テレビの天気予報でも郡山の気象状況は以前は伝えられなかった。これは、気象条件に左右される農業を営む市民だけでなく、そのほかの市民からも問題視する声が相次いだ。そこで、郡山市独自の「天気相談所」を開設したが、無人のアメダスポイントが設けられたことや、郡山市の行財政改革の一環で、現在、天気相談所は廃止されている。